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京都八幡高等学校レスリング部の創部:平成10年(1998年)4月

kanban.jpg 京都八幡高校レスリング部の歴史は、平成9年4月、浅井 努教諭が八幡高校に赴任したことから始まります。(現在の京都八幡高校は、平成19年4月、当時の旧八幡高校と南八幡高校とが再編統合し現在の校名となった。)当時の八幡高校には当然レスリング部はなく、もちろん八幡市にもレスリングを行える施設は全くありませんでした。八幡高校は、過去にワンダーフォーゲル部がインターハイにハンドボール部が全国選抜大会に出場した経験はありましたが、この年に京都で開催された全国高校総体(京都総体)に出場できるクラブもなく、また各クラブの部員数も他校に比べ少なく、部活動全体もあまり盛んとはいえませんでした。そのような中、浅井教諭が、「なんとかレスリング部を創部し、いつか八幡高校をレスリングの強豪校にし、全国大会優勝を果たしたい。」という熱い思いを、当時の今井興治校長に直訴したところ、練習場所もなく、レスリングマットなど施設もない状態で部員を勧誘するという条件で、八幡高校では過去にない同好会の段階を踏まない、「創部」(翌年4月)の運びとなりました。
 しかし、やはり問題となったのが、練習する場所とマットがないことでした。 練習場は体育振興施設(ミーティングルーム)を利用することを認められましたが、レスリングマットは、新品で購入すると定価で約300万円以上もします。そこで、昭和63年京都国体会場となった弥栄町に「八幡高校、八幡の地域に広くレスリングを広め強化したい」旨を申し出た結果、平成10年3月、弥栄町より「八幡だげでなく京都のレスリングの普及・強化にぜひ使用してほしい」ということで、マットを譲り受けました。こうして八幡高校レスリング部が平成10年4月に誕生し、10年度入学生が3名入部し「全国優勝」を目標とした活動がスタートしました。なお、平成19年4月より再編統合に伴い、京都八幡高校レスリング部となりました。
 浅井 努 教諭:「当時、無理を聞いて頂いた今井興治先生をはじめ、教頭であった故平岡 潤先生、小田垣 勉先生には大変お世話になり、感謝の気持ちで一杯です。